本を読む女。改訂版

関西弁でだらだらと本の感想書いてます。
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# 「わたしがいなかった街で」柴崎友香
わたしがいなかった街で
わたしがいなかった街で
  • 発売元: 新潮社
  • 発売日: 2012/06/29
  • 売上ランキング: 63318


ツイッターで新潮社のアカウントをフォローしているので、柴崎さんのこの作品、
雑誌掲載時からの評判を読むことになり、そういうわけで本も手に取りました。
昭和20年の夏に広島にいた祖父のことを思う36歳の東京在住の「わたし」、砂羽の物語と知り、
「わたし」が祖父の思い出を辿って広島に行ったりする話だろうか、とか勝手に思って
いたのだけれど、全然違いました。

広島にいた祖父のことはいつも考え、戦争の実際の映像を見る習慣がある36歳の砂羽ですが、
東京で普通に暮らしています。一人暮らしを始め、数少ない友達の有子や、昔なじみの男性の中井などと
やりとりする日常が描かれているだけでした。契約社員で、正社員になりたいけどなれないと
思っている、人と話したりが苦手で、いつも考えすぎてしまう、そういう普通の女性です。
その日常が柴崎さんらしい淡々とした文体で綴られていきます。

彼女の不器用なところとか、友達といないと何を話していいかわからないところとかは
共感できるんですが、戦争の映像をずっと見てるところとかは気持ちがわからなくて、
どうしてそんなリアルに殺し合ってる映像をずっと見てるんだろうとか、よくわかんなくて、
だからこの話がどこに進んでいくのかわからないまま読んでいて、落ち着かなかった。

砂羽と中井の昔の仲間、クズイが行方不明だ、でもクズイの妹には会った、という話が
中井から出て、砂羽はクズイにも思いを馳せる。あまり仲良くなかったクズイだが、
仮に死んでいたとしても、死んでしまった人と、一生会わないまま過ごす人と、
どう違うんだろう、そう砂羽は考える。その思いにもなんか共感した。冷たい人とか
思われそうだけど、昔知り合いだった人でも、ずっと会わなければ自分の中では「いない人」となる。
私だって人からみたらそうだろうし、お互い様なんだろうけど。

最近はフェイスブックとかでいきなり中学の友達とつながったりして、20年くらい
私の中で「いないひと」だった彼女の生活がいきなり日々展開されたりするけれど、
でも死んだら二度と会えないから、そういう風にまたつながることもできない。
だからやっぱり違うのはわかってるけど、日々それを忘れているように思う。

葛井の妹、葛井夏に視点が切り替わる時もあり、葛井夏は至って普通にしっかりと
20代を生きているように思うし、砂羽のように考えすぎてはいない。
砂羽とその周辺の人間模様は少しだけ動いていき、その流れはそれなりに面白く読んだけど、
この作品結局何が言いたいんだろう、ってのがずっとわからないままだった。
読み終わった今も、はっきりはわからない。でも何となく不安な気持ちは残った。

砂羽の思索はずっと続く。日常は普通に続いているけれど、砂羽は戦争について考えている。
戦争で犠牲になった人と自分と何が違うのか、砂羽はずっと考えている。
彼女は海野十三の敗戦日記を読んで、空襲があった場所に行ってみたりしている。
そこで思う。誰かが生きてきた街で、私は生きている。

何が起こるかわからないこの世界で、誰もが生きていて、何かが起こったりして、
自分も日常を生きている。
何が起こるかわからないから日常を噛みしめて生きよう、っていうテーマというよりは、
何が起こるかわからない日常に生きている不思議を描いたような、そういう気がした。
柴崎さんは震災について一言も書いていないけれど、私は、震災のあとからずっと感じている
言いようのない不安感を思い出した。いつ、何が起こるかわからないという不安。
今自分に何も起こっていないという不思議。

同時収録の短編「ここで、ここで」は地元大阪が舞台の短編で「多分あそこだなー」と
わかる高い橋が出てくるんだけど、そこで主人公の足下がぐらつく。
私も同時にぐらついた気がした。何が起こるかわからないところで生きている自分、
足下はいつもぐらついている。そんな不安感。

それでも人は生きている。その場所で、その時を。それは当たり前だけど大切なことだ。
何となくそんな風に思った。不安は不安なんだけど、足下がふらついてもただ日常を
生きていこう、そんな気もした。

読みながら、先日読んだ西川美和さんの「その日東京駅五時二十五分発」を思い出していた。
西川さんのあとがきを読んで思った気持ちと、この作品への気持ちが何となくだけど
共通していた。同じ広島を扱い、全く違う作風でありながら、何かが一緒な気がした。

柴崎さんの本はいつも難しいんだけど、なんとなく惹かれるものがあって読んでしまう。
今回も読み終えた直後は消化できなかったんだけど、数日経ってだんだんとしみいる感じが
してきました。不思議な人です。
| comments(0) | trackbacks(0) | 20:54 | category: 作家別・さ行(柴崎友香) |
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