本を読む女。改訂版

関西弁でだらだらと本の感想書いてます。
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# 「雪の練習生」多和田葉子
雪の練習生
雪の練習生
  • 発売元: 新潮社
  • 価格: ¥ 1,785
  • 発売日: 2011/01
  • 売上ランキング: 47171


ツイッター文学賞で4位で、初めて本の存在を知りました。それで読んでみて、
本読みでツイッターをする人たちのアンテナの確かさにうなりました。
私はまだまだ修業が足りません。いい作品でした。教えてもらえて良かった。

多和田葉子さんは、私の中では芥川賞受賞の「犬婿入り」だけ手元にあるけれど
まだ読んでない、ってくらいの作家さんで、どんな方かほとんど知りませんでしたが、
これを読んだことで俄然興味がわいていろいろ調べてみました。
ドイツにお住まいで、ドイツ語と日本語で小説を発表しておられるようで、
世界的に翻訳されている作家さんだそうです。知らなくてすみません、って感じでした。



ドイツにおられるということもあってか、この小説もドイツやロシアが舞台で、
海外の地元の方が書いている小説のような印象ですが、日本語はもちろん自然で美しいので、
スムーズな日本語の美しい翻訳小説を読んでいるような贅沢感を味わえました。

さて、不思議な物語でした。三世代のホッキョクグマのお話。
最初のお話では「わたし」が語り手で、自分のサーカスでの思い出を自伝に書いたら
それが雑誌に掲載されて注目されて、って話なんですが、動物と人間との境目がなんだか曖昧で、
読み進めていくうちにわかってくる世界観はほのぼのとしていて楽しいです。
童話のようなファンタジーのような。ホッキョクグマの白くてふわふわした身体を
イメージしながら読むとほんわかします。

でも物語がハートフルで優しい物語というわけでもないのです。
第一話では幻想的な方向に話が進み、現実と虚構の境目も曖昧な感じで終わるのですが、
第二話、第三話と進むうち、だんだん私には耳がしーんとするような寒さや冷たさを
感じるようになりました。物語は徐々に寂しくなっていく感じがして・・・

第二話はどちらかというと人間視点です。サーカスで働くようになった女性の物語、
なんだけど、女性はだんだん、芸を一緒にやるホッキョクグマのトスカと夢で話すようになり、
そしていろいろと曖昧になっていきます。
なんだかどの話も、最後には曖昧になっていく感じがします。虚構と現実、人と動物、
いろんなものが。あったはずの壁が。ベルリンの壁が象徴的に出てくるので、
私もそういう風に感じたのかもしれませんが。

「書く」ことがひとつのテーマになっている気もします。自伝を書く、物語を書くことで
人生(動物も含む)が本当に立ち上ってくるというか・・・。
第二話でそれが一番不思議な感じで使われていましたが、第三話では「書く」ことは
なくなってしまって、それもまた寂しいのです。

第三話はクヌートのお話。クヌートってかわいいシロクマがいましたよね。
私も当時写真を見て癒されていました。読んでる最中に詳細を少し調べてしまって、
ちょっとネタバレにはなりましたが、経緯を知ってる人が読んでいても
この物語の良さは損なわれることはありません。
つまりこの物語はクヌートを孫とする三世代の物語なので、すごく幻想的な物語なのに
現実とリンクしている部分も多々あって、それがまた不思議な味わいを醸し出していて、
すごく魅力的でした。

でもクヌートは母を知らなくて、故郷も知らなくて。
飼育係のマティアスを母と思って育っています。最初から母を知らない子がどう思うのかが
すごく自然に描かれていて、余計に寂しくなります。
マティアスを待つ間だけ、「時間」を感じるクヌート。でも、だんだんみんな去っていきます。
動物園で自立するということの残酷さ、寂しさを感じさせられました。
こんなにひとりぼっちなんだな。というのを、しーんとした寒さとともに肌で感じてしまい、
すごくつらくなったのです。(これ書いている今もちょっと涙目です)

多和田さんはクヌートの最期を知らない時期に書き上げたはずなのに、
今、最期を知ってから読んでもなんだかしっくりきてしまいました。
そして、ものすごく哀しくなりました。
あとでクヌートと飼育係の人の写真を見て、本気で泣きそうでした。

でもね、どのホッキョクグマも家族も故郷も知らないかもしれない、
でも、クマと人間であるクヌートとマティアスとのつながりや、トスカとウルズラのつながりは、
家族のつながりを超えていると思う。
とても寂しく感じる物語ではあったけれど、それを信じることができたから、
読後感は温かいものになったと思う。

なんか、読んだ直後より、あとから思う方がしんみりする本だなあ。
感想書きながらちょっと涙ぐんでしまったし、読んだ翌日なのに、もう一度読みたくなっている。
そして何度でも読みたい本だ。

印象的な文章がたくさんたくさんあって、はっと目をさまさせられるところがあった。
こんな文章とか、
「くやしいので家に帰ってすぐに机に向かった。くやしさほど燃えやすい燃料はない。くやしさをうまく使えば、燃料を節約して生産活動ができるのではないか。でも、くやしさは森へ行って集めてくるわけにはいかない。誰かがくれる大切なプレゼントだ。」
こんな文章とか。
「それにしてもマティアスはいつになったら姿を現すんだろう。そう考え始めると我慢できなくなってきて、これが「時間」というものなのだ、と突然クヌートは悟った。(略)
時間は食べ物と違って、がつがつ食えばなくなるものではない。時間を前にするとクヌートは自分の無力さを思い知らされる。時間というのは、噛みついても引っ掻いてもびくともしない孤独の塊だ。」

特に「くやしさ」についての文章は目から鱗だった。こんな風に前向きに「くやしさ」を
捉えている多和田さんってすごいと思った。

読めて本当に良かったです。
改めてクヌートのご冥福をお祈りします。
それから、ホッキョクグマと人が、ともに楽しく生きていける未来が続きますように。
| comments(0) | trackbacks(0) | 23:02 | category: 作家別・た行(その他の作家) |
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