本を読む女。改訂版

関西弁でだらだらと本の感想書いてます。
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# 「シュレディンガーの哲学する猫」竹内薫・竹内さなみ
シュレディンガーの哲学する猫 (中公文庫)
シュレディンガーの哲学する猫 (中公文庫)
  • 発売元: 中央公論新社
  • 価格: ¥ 800
  • 発売日: 2008/11
  • 売上ランキング: 70307


これを読んだきっかけは森見登美彦だった。森見氏の読者である諸君はご存じと思うが、
森見氏の「四畳半王国見聞録」に、シュレディンガーの猫が出てくる。
シュレディンガーの猫って何だ。森見氏の本にはちゃんとした説明がなかったので、
自分の本棚をあさったところ、これが出てきた。昔、表紙が気になって買ったのを思いだした。
「哲学する」猫になってるけれど、哲学もたまには悪くないし、とりあえず
シュレディンガーの猫についてはわかるだろう、と思って読み始めた。
結果、わからなかった。(あとでウィキで調べて概要だけ読んだが、わかった!とはいいがたい)
まあ、読むきっかけが間違ってるよな。森見氏からだもんな。

シュレディンガーさんが思考実験を行った「猫」が、現代の「私」の前に現れ、話し始める。
そしてその猫、哲学の入門書を書いている「私」が困っていると、その哲学者本人となって
話し始めるのだった。そんな猫、シュレ猫と話ながら綴る、哲学の世界。

シュレ猫の由来を知っていれば、「あの思考実験の猫がこんなところに!」と
驚きもあるんだろうけど、この本だけでは、シュレ猫とは何者か、
読んでもよくわかんなかったから残念だった(私だけかもしれんが)。
でもシュレ猫の斜に構えたキャラは味があって、「私」との掛け合いもいい感じだ。

とはいえ実は哲学の紹介本。タイムスリップしてシュレ猫に乗り移る哲学者の本人たちと
話しながらの哲学談義は、哲学初心者の私にも取っつきやすかった。
ただ、シュレ猫とくだりと同じで、「普通知ってるでしょ」的なことははしょられてる気がして、
自分は大前提がわかってないんじゃないかな?と思って、わかりづらいこともあった。
(これも私の理解力の問題かもしれない)。
それに、様々な哲学の紹介、だけになっている感じがして、もっとこの本なりの方向性が
あってもいいんじゃないのかなあ、とも思った。

哲学・・・。私にはしかしなじみのない世界だ。
「この世界とは何だろう、私とはなんだろう」とか言われると、SF的な想像をしてしまう
(例えばパラレルワールドとか、仮想現実とか)。あれ、その話じゃなくて?となると、
「なんでそんなこと考えなあかんの。私は私としてこの世界におるのは事実やし、
しゃーないやん」となる。
例えば「無知の知」、自分が「知らない」ということを知ることが大事だ、という考えは、
一見屁理屈みたいだけど、よく読むと自分への戒めになる。こんな風に、
生きていく上で指標となる教訓は多々得られるんだろうとは思うんだ。でもね、
「私とは何か、と考え続けて、・・・結局は「考える私」というものが残った」とか、
そんなのいちいち結論づけてどうすんの?って感じだし、ちょっと笑っちゃうよね。
(そもそも私の解釈からしてあやしいが)。
ま、そんな風に私とは相性の悪い学問なので、この本もわかりづらいことの方が多かった、
というのが正直なところ。私みたいなのに読まれるべきではなかったのだ、この本も。

そんな私でも、世界のあり方についてこんなにいろんな見方ができるんだ、
「私」についてもこれだけいろんな見方があるんだ、と思うことは楽しい体験だったし、
この本でも、多様性を享受することが大事なんだ、と言っているような気がした。
一つの「哲学観」にとらわれず様々な説を紹介しながら、いろんな目で世界を見ること、
それが自分を豊かにする方法なんだと教えてくれたような気がした。

いろんな人がいる、というのは、わかっているようで感情的にはわからない部分。
気が合わない人とかがいたり、世界が思うようにならなくて、どうしてそうなるの!と
いろいろ煮詰まった時に、いろんな人がおのおので見ている、
多様な世界について考えてみようと思った。そしたら気持ちに余裕が生まれる気がする。

と、手にとったきっかけからして違うし、なんだか違う読み方をしてしまった気がするが、
哲学の入門としてはすごく入りやすい本だと思います。
表紙も挿絵もシュールでいい感じ。

余談だし偏見だけど、哲学を極める人って男性が多そう。
女性の哲学者って私が知らないだけかもしれないけど、ほとんど聞かないような・・・
「私とは何か?」とか、女はあんまり考えない気がするが。私だけか?

また余談だが、森見氏の「シュレディンガーの猫の額に世界がある」とか
「四畳半に世界の全てがある」とかいうのも、ある意味、哲学だよなあ。
| comments(0) | trackbacks(0) | 00:20 | category: 作家別・た行(その他の作家) |
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