本を読む女。改訂版

関西弁でだらだらと本の感想書いてます。
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# 「火怨―北の燿星アテルイ」高橋克彦
火怨〈上〉―北の燿星アテルイ (講談社文庫)火怨〈下〉―北の燿星アテルイ (講談社文庫)

東北地方を舞台とした歴史小説三部作(「火怨」「炎立つ」「天を衝く」)1作目。
時は奈良時代から平安時代に移る頃、黄金が取れるので朝廷から目をつけられ
侵略されていた蝦夷たち。野蛮な化け物のようにいわれ、人間扱いされなかった
蝦夷たちの戦いが始まろうとしていた・・

蝦夷の若き指導者阿弖流為(アテルイ)は、10代にしてその過酷な戦いに
身を投じることとなる。
後に義理の兄になる天才的策士の母礼、猛将の伊佐西古などとともに、
何度も侵略しにやってくる圧倒的軍事力を誇る朝廷に対して、少人数で戦い抜く。
勇猛果敢な蝦夷の男達は、自分達の誇りをかけて、一歩もひかずに戦うが、
朝廷側に登場した武将、坂上田村麻呂が彼らの強敵として立ちはだかる・・・

暑い夏に熱いものを読みました。
熱い漢(おとこ)たちの戦いに、最後は涙を止められませんでした。

最初はそれなりに冷静に読んじゃってました。漢字の読み方がわからない、とか
兵糧が、兵力の輸送が、とか言ってるのが、なんか「信長の野望」みたいだな、とか
かなり不謹慎なことも思いながら読んでた。すいません。
最初のほうは、軍団だけは大きいけれど策のない、蝦夷をなめてかかっている朝廷と、
少人数だけど戦には強く、ずっと兵の鍛錬をしていて、母礼という策士もいる蝦夷、
まあ、勝つのは蝦夷ですよね普通。奇抜な奇策で、思い上がっている朝廷の奴らを
がんがん倒していく彼らの様子はとても痛快だったけれど、
何回かそのパターンが続いたので、ちょっと疲れてきてた。

なんか、高橋克彦氏の文章、どうも私に合わないんですよね。
会話がずっと続くわりと単調な書き方に思えて、出てくる人たちは魅力的だし
物語もとても面白いんだけど、その文章が私がのめりこむのを邪魔するのです。
もうほんま相性としか言いようがなくて、これだけ面白いだけにちょっと残念だった。

って、思って読んでいた上巻。下巻で私は一気にのめりこみました。
坂上田村麻呂が登場したからです。
わかった、足りなかったのは強力な、そして魅力的な敵だったのです。

田村麻呂と阿弖流為は戦の前に対面を果たします。彼ら蝦夷の男達の姿に
共感しながらも、彼は自らの役目だから蝦夷は攻める、攻めるのなら徹底的に攻める、
手加減なく徹底的に戦うことで彼ら蝦夷への尊敬を示すのです。
そして阿弖流為や母礼も、田村麻呂の人間の大きさを見せつけられながら、
だからこそ本気を出して立ち向かう。
そして、大きな戦が始まろうとする、のですが・・・

ずっと朝廷に人間扱いされず、一方的に攻められ続けて、彼らは自らの誇りのため、
蝦夷が人間だということを忘れないために戦い続けます。
でも、そのため土地は荒れ果て、彼らの子どもたちに、明るい未来は見えてこない・・・
自分達は戦って死ぬ覚悟は出来ている、でも子どもたちにまでそれを強いていいのか?
彼らは苦しみます。そして彼らの選んだ道に、・・・本当に泣かされました。
ただ猛然と戦うだけじゃない、本当の男らしさが、下巻で描かれていたと思います。
それが彼らが敵である田村麻呂を信頼している証拠であり、
敵味方関係なくわかりあって、殺しあってもやっぱりわかりあっている。
その命のぶつかり合いのすさまじさに、やっぱり泣けました。

阿弖流為と母礼の二人の分かちがたい友情、阿弖流為と飛良手の主従を超えた信頼、
ムードメーカーの伊佐西古、勇猛な猛比古、そして敵ながらあっぱれの田村麻呂、
とても魅力的な人々がとても羨ましい信頼関係を築き上げていて、
命をはったやりとりの中で生まれる強い絆に、また泣けました。
主人公二人の壮絶すぎるラストシーンに、辛さや哀しさよりも、
彼らがたどった道筋を思い出して、不思議と感動がこみ上げてきました。

すごいものを読んだなという感銘でいっぱい。
男って、いいなあ。こういうのを読んでいると思います。
次は「炎立つ」、これも全5巻、文章は多分合わないけど、もうそんなのどうでもいいや、
また熱くなるために読みます。

それにしても、東北でいて朝廷と離れているというだけで、
なんでこんな過酷な歴史を強いられるのか。
やはり、見えないもの、見えない人々、自分とは違う文化は怖いんでしょうか。
出会えて、わかりあえたら、戦争なんてなくなるんじゃないかな。
田村麻呂と阿弖流為たちみたいに。
彼らは結局帝の意向で戦ってしまったけれど・・・。
実際はどうだったか知りませんけど、どうせそんな昔のことわからないんだし、
私は彼らがこんな風だったんだ、と信じることにします。
| comments(0) | trackbacks(0) | 21:46 | category: 作家別・た行(高橋克彦) |
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