本を読む女。改訂版

関西弁でだらだらと本の感想書いてます。
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# 「観光」ラッタウット・ラープチャルーンサップ/古屋美登里訳
観光
観光
  • 発売元: 早川書房
  • 価格: ¥ 1,890
  • 発売日: 2007/02
  • 売上ランキング: 20633
  • おすすめ度 5.0


とりあえず著者名はいまだに覚えられないし、一生覚えられない気がする。
ラとプとー、だけ印象にあってついラスプーチンとか思ってしまう。
ロシア人だし、全然違うし。

この著者はタイの人。小説は英語で書いているようだけど、舞台は全部タイだ。
タイには行ったことないけど、日本人観光客は象に乗って女を買って帰っていくらしい、
とこの本には書いてあった。そういうイメージなのが切ないな。
私が行くならとことん寺院を巡ってやる。あ、でも象には乗りたい・・。
たいして分厚い本ではないのだが、すごく時間をかけてゆっくりと読んだ。
1作読むごとにほぅっと息をつき、ちょっとぼんやりしたり、そのまま本を閉じたりした。
一気に読むのがもったいなかったのだった。

いい短編って、その人の日常のほんの一場面を切りとっただけなのに、
その切りとったところからその人の人生が見えてくるし、
そしてその人だけのことじゃなくて、私たち読者にとってもすごく普遍的な何かがある。
たった十数ページの短い話なのにすごく長い物語の中にいるような不思議な感覚が私を襲う。
この短編集はまさにそんな感じで、だから読むのに時間がかかったのだった。濃厚だった。

一編を除いて、タイに住む、平凡で一般的な少年や少女を主人公にした物語たち。
彼らの家族や友達との小さな世界のドラマではあるが、タイという国特有の問題、
徴兵やカンボジア難民、貧富の差など、そういう諸問題が日常レベルで伝わってくる。
説明的なこととかは一切書かれていないのに、タイの生活、タイの人達の感覚、
彼らの抱えてる問題が迫ってきて、タイを知ったような気になる。
どうしても海外の小説というのはどこか他人事感を漂わせるものだが、
全く違う国をわかったように思ってしまうこの短編集はそういう点でも凄い。

「ガイジン」
父親がアメリカ人の少年。父親は本国から戻ってこない。母は父の話をすると怒る。
少年は何故かアメリカ娘にばかり惹かれてしまう。リズという美しい娘に出会った
彼の、ひと夏の経験。
彼は父がアメリカ人だからわだかまりはあるにしても、少年の欧米への憧れは、
アジア人の私たちにも通じるものがあった気がする。
でも最後のシーンには、アジア人としての誇りが込められているようで、痛快だった。
そのラストシーンは、少年が自分のルーツとか、何かを吹っ切って
自分として生きていく最初の日のよう。
優れた短編は、それが終わっても時は綿々と続いていくのだなあ、と思える。

「カフェ・ラブリーで」
父が死んで母が情緒不安定になり、年上の兄につきまとう弟。
兄が夜に出かけたカフェ・ラブリーにも無理矢理ついていくのだが・・・
兄が弟にハンバーガーを奢るシーンがある。二人とも一張羅でハンバーガー屋に行くのだが、
その一張羅は他の子ども達に比べて明らかに貧しい。そしてハンバーガーが贅沢な食事。
タイの生活の一端を垣間見た気がしたし、兄が弟を邪険にしつつも
大事にしているのがすごくわかって、痛々しいけど好きなシーンだ。
そういうディテールを描くのがとてもうまいし効果的だなと思った。
兄は、そして弟も大人になっていくけれど、彼らはずっと家族だ。そんな読後感もいい。

「徴兵の日」
タイでは妙齢の男性がくじを引き、赤が出た人が徴兵され、兵役義務を課されるようだ。
赤の色に日本の赤紙を思い起こす。不吉な色。
その徴兵のくじ引きの日に、友人と向かう少年。彼らの道が分かれる、その一瞬の心の揺れを描く。
人間は平等ではないのだということがその場所では突きつけられる。主人公にも突き刺さる。
虚しく、鋭い短編だ。熱心にくじ引きを見守る友人の母の姿に家族の愛を感じる。
そこで女装する男がいたり、わざと小指を切り落とす男がいたり。そういうエピソードを
さりげなく入れることで、タイの人々の悲壮な現実も見えてくる。
短くシンプルだが、余韻の残る短編だった。

「観光」
もうすぐ視力を失う母と旅行する少年。母はずっと一日も休むことなく働き、
目が弱ってからも目のために買うサングラスを市場で徹底的に値切ったりして、
本当はすごくバイタリティ溢れる女性だとエピソードでわかる。
母がいつ目が見えなくなるのかわからないまま、「外人みたい」とはしゃぐ母と美しい島に行く息子。
風景が目に見えるような描写が素晴らしく、母の目に映る世界が美しいほど、
失うものを思う切なさが際だつ。
悲しいけれど、目が見えなくなるほどの出来事があって初めて気づく何かってのがあって、
それが身に染みた。何もなくてもそういう大切さには気づきたいと思う。
支え合いながら自立する家族のすばらしさを改めて思った。母は、強いね。

「プリシラ」
同名映画を思い出していたので派手な女装をした男性が出てくるのかという偏見があったが、
プリシラとは女の子の名前。エルヴィス・プレスリーの妻の名前をもらってつけられた名前だ。
カンボジア難民でタイに住み着き、一家の財産は全部プリシラの金歯になっているという女の子で、
きらきらと光る金歯の映像を想起すると切なさが襲う。
彼女とタイ人の男の子2人との交流を描いた短編。プリシラのお父さんの写真を見て、
「エルヴィスよりいけてる」と男の子達が言うシーンが、なんだかすごく好きだった。

「こんなところで死にたくない」
これだけ主役がアメリカ人、しかも老人。異色だ。
アメリカでずっと生きていた老人が、右手などが麻痺して息子夫婦に世話になるが、
息子はタイの女性と結婚していて、みんなでタイに住むはめになる。
言葉の通じない孫2人、片言で喋る息子の嫁、何もかも気に入らない老人は
わがままを言い放題だが、孫がいなくなると寂しくなったりもして、かわいい。
老人の偏屈さとかわいさが良く出てる。若い著者なのに、老人という典型で書いてなくて、
とても人間味溢れてる。老人のアルツハイマーの友達の話も秀逸だ。
家族で遊園地に行くシーンが好きだったな。踊っている息子夫婦に、老人の心が
ほんの少し溶けた瞬間がとてもいいと思った。ラストも小気味良い。

「闘鶏師」
一番長かった短編。中篇と言ったほうがいいかな。今までは淡々とした日常を
うまく切り取った感じだったが、これにはうねるようなドラマがあった。

闘鶏師の父は無敵だった。なのに。あるときから負けが続く。
町の有力者ビッグ・ジュイの息子、リトル・ジュイに目をつけられたからだ。
大事な鶏をその狂ったような男に殺され、それから試合には負け続ける。
母に闘鶏などやめてと言われても、父は戦い続ける。その理不尽な圧力に、負けても、負けても。
娘もトラブルに巻き込まれたり、父の過去を知ったりしつつ、父を見つめ続ける。

父の痛ましい姿に、逆に本当に強い人間ってこういう人なんだろうなと思わされる。
そんな彼を見ながら変貌していく娘、そのラストが衝撃ではあった。
娘が女になる瞬間がふいに訪れたと思った。でも予兆はたくさんあったのだ。
厳粛だけど、不思議と官能的な雰囲気にやられた。一番印象に残る短編だった。
最後にこれをもってきたあたりも心憎い。
| comments(1) | trackbacks(2) | 11:54 | category: 海外・作家別ラ・ワ行(その他の作家) |
コメント
面白そうですね。
読みたくなりましたので、図書館の予約をしました。
ありがとうございました。
| west32 | 2007/07/24 9:41 PM |

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観光  ラッタウット・ラープチャルーンサップ
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