本を読む女。改訂版

関西弁でだらだらと本の感想書いてます。
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# 「陋巷に在り」全13巻 酒見賢一
陋巷に在り〈13〉魯の巻
陋巷に在り〈13〉魯の巻
  • 発売元: 新潮社
  • 価格: ¥ 860
  • 発売日: 2004/11
  • 売上ランキング: 61989
  • おすすめ度 5.0


孔子の愛弟子、顔回は20歳になったばかり。父の顔路と二人、陋巷に住んでいる。
陋巷とはすなわちスラム街。極貧の街でぼんやりとしているように見える顔回は、
勢力を持った巫祝、顔儒一族でもとても能力の高い男だった。
いつしか顔回は陋巷の娘の茵覆茵砲鵬かれ、つきまとわれるようになる。
一方、孔子は魯で立身し、魯国を「礼」に則った国にしようと野望を抱いていた。

春秋時代の魯を舞台とした、荒唐無稽なエンターテインメント孔子伝。
酒見風味付けがふんだんに盛り込まれている。「泣き虫弱虫」ほどギャグに走ってはないけれど、
けっしてくそ真面目というわけでもなく、エンタメに徹して読者を引き込む吸引力は十分。
いやあ、面白い。すごい面白い。
私は真面目な孔子の伝記なども全然読んだことがないから、これがどこまで史実に基づいていて
どこまで創作かはわからないけれど、まあほぼ嘘っぱちだろう。
でも「論語」その他の文献を非常に読み込んでいるのがわかる。これだけ調べてりゃ
格調高い歴史小説が書けるだろうに、わざわざ「荒唐無稽」なエンターテインメントにしてしまうのが
この著者のいいところ。こういうところが好きなんだ、酒見賢一。
「俺ってこんなに知ってて偉いぜ」という態度も見せないし(ま、蘊蓄は長いけどね)、
えらいわー。ほんま。
全13巻だけどそういうわけで概ね全部テンション高く読み続けることができました。

しかし、問題は。いきなり1,2巻で最初の挫折ポイントに突入することだ。
やはり人物紹介や時代背景説明、そういったものに陥りがちな序盤である。
酒見氏の歴史説明もふんだんであり、駄目な人はダメだろう。
酒見氏の解釈は私は大変わかりやすいし彼の視点は好きなので重宝しているが、
作者がいきなり口を出すやり方には入っていけない人もいるのではないか。
司馬遼太郎の書き方と少し似ている気がする。

たとえて言うと、友達と幕末の映画を観てるとして、友達が横で、誰か登場人物が出るたびに
「あ、この人、明治になったら名前が変わって法律を起草したり色々するんやけど、
明治○年に暗殺されちゃうねん。そうそう、余談やけど、この人面白いエピソードがあってさ、」とか、
いちいち言ってくるような状況を想像してみたらいい。
・・・こうやって想像してしまうとけっこう最悪な奴だが、仮に私が時代背景がわからなくて
困っているような時に、一旦DVDを停止して、「そういや、幕末の頃の天皇ってね、」とか、
知りたいことを先回りして説明してくれて、「じゃ、また続きみよっか」とやってくれるような感じか。
だからそういうのが許せる人には重宝するし、「いちいち止めんといてよ」って思う人には
まどろっこしいかもしれないなあ。

でも、当時の人達が何を支えに生きていたか、どういう常識を持っていたのか、
それが執拗なくらいに解説されているので、当時の人達が、鬼とか、呪いとかを本気で畏れ、
神を本気で信じていた、それが当たり前の世界だった、そういうことがわかると、
顔回がいくら荒唐無稽な不思議なこと、今だったら超能力としか言えないようなことをしても、
それがなんとなくその当時の常識としてなじんできてしまう。もちろん顔回や公冶長なんかは
その中でもすごい能力を持っていたわけだけども、こういう人も世間にたくさんいて、
その中でもちょっと優秀な人ってだけかなあ、みたいな。
そういう、当時の意識に自分を持っていくためにも、長々した解説とかは私には必要だった。

まあ、2巻で「しんどいなあ」と思った人も、ここは試しにぐっとこらえて3巻まで読んで欲しい。
3巻では子蓉という女性が登場、媚の術を使って男をたらし込む。
この女性は非常に重要な人で、顔回VS子蓉という構図がこの小説の核となるものなのだ。
この二人の関係性の変化が一つのすごく大きな軸となる。
私は最初彼女を「全体を通しての悪役」であろうと書いていたけれど、全部読んだら
「悪役」の部分は除かざるを得なくなる。そのくらい、彼女の印象は大きく変化する。
彼女が出てこない「陋巷に在り」なんて上杉謙信が出てこない「武田信玄」みたいなもの。
是非3巻までは読んで欲しい、彼女さえ出てくれば、あとは読み切れるんじゃないかと思う。

子蓉という魅力あるキャラを出した時点でこの作品は成功したと私は思ってます。
彼女はとんでもないことをし続けますが、その動機は実にくだらないことで、ただ
「面白くないから」とか「邪魔するから」とか、そんな理由で人を殺戮します。
でもその陰にはものすごい、想像を絶する孤独を抱えている。彼女のお兄さんの悪悦も、
一味の長の少正卯も、相当悪い奴らなんですが(二人とも不死身かよ、みたいな)、
子蓉のスケールにはもう全然かないません。こう、悪役がびしっとしてると、
多少主役が頼りなかろうが出てこなかろうが、作品としてはしっかり引っ張っていけますね。

そして更に次の挫折ポイントは5巻。
5巻は6巻での費城での死闘のその前段階で策略が渦巻き手に汗握る展開なのだが、
主役の顔回なにしとんねん、出てこいやこら、って辛抱たまらなくなるという難点があるのだ。
なにしろ、出てこない。なんでこんな危機に?ってくらい危機頻発なのに、出てこない。
ま、著者にしてみれば、スーパーマンな顔回が出てきてしまうとすぐに解決しちゃうじゃないか、
という危惧があるのかもしれないけれど、じゃあどこかに幽閉されてるとかさ(おい)、
のっぴきならない事情があれば納得も出来るけど、ただ、いないって、なんでさ。
と、5巻で激しくつっこむ羽目に陥るわけですが、6巻ではちゃんと登場します。
そして7巻以降はちゃんと活躍するから、いいねん。冥界に行ったりするし。
ま、冥界シーンがまた長いんだけど・・・(7,8,9巻。ここまできたら挫折はできぬ)。

7巻以降も顔回はなかなか決断はしないのだが、今までの自分を反省して、
ちょっとずつ人間として行動的になっていくというか、成長していくというか。
子蓉の影響も孔子の影響も大きいんだと思うけど、積極的に、誰か大事な人を守ろうとする、
そんな顔回の変化が、ちょっとふがいない我が子の成長を見てるように嬉しかった。

しかし、全体として主人公の影が薄い小説だ。最後まで読んでもやっぱり薄いぞ、顔回。
そして、女性達が強い小説だ。何度も言うが子蓉はもちろんのこと、茵覆茵砲癲
祝融も、顔徴在も、みんな強い。彼女たちの包容力がこの作品全体を包んでいるような、
そういう印象があった。男性はちょっと情けない人もいるけれど、愛すべき男達。

しかしもちろん「孔子伝」ではあるので、孔子はさすがに存在感がある。
孔子が目指した理想の魯の国にするには、様々な障害が立ちふさがる。
少正卯のような悪者ではなく、義に生きる者であっても、彼らはやむを得ず立ちはだかる。
時代が変わっていくとき、旧の世代で滅ぶ者、新の時代で生きる者、その思惑や誇りが
錯綜して、時代が蠢いていくその感じ。武人達の苦悩や理想が丁寧に描かれて、
その人間ドラマの重厚さはエンタメにとどまらない硬派な歴史小説としての側面をも持ち、
すごく読み応えがあった。

滅ぶしきたり、変わるしきたり。滅びゆく「礼」、新しくなる「礼」。
人は歴史の中で何を捨てて何を作ってきたのか。神に守られていた人間が、
徐々に自立していく、その壮大なドラマ、大きなうねりにも酔いつつ読んだ。
魯の国で、顔回が陋巷に在ったその時に、何かが消えて何かが生まれていく。
諸行無常なその展開を切なく思いながらも、彼らの新たな決意、旅立ちが清々しい全13巻。
これだけ読んだのに「終わったー」って感じがしないのが拍子抜けではあるけれど、
それでもすごい達成感だった。
長いし表紙もいかついしどうかと思ったけど、本当、読んで良かった。

あ、予習本として同じく酒見賢一「周公旦」を激しくオススメしておきます。
読むと読まないとでは大違いですよ。是非事前に読んでみて下さい。
| comments(3) | trackbacks(0) | 16:07 | category: 作家別・さ行(酒見賢一) |
コメント
はじめまして。いつも楽しく拝見しております。『陋巷にあり』ですが、今回ご指摘の脱落ポイントがまさに、2年前に読んだ時に、手こずったあたりでしたので、懐かしさのあまりコメントさせていただいています。
そもそもこの話、50代マッチョな親父の孔子には、萌えポイントがまるでないので、彼の出番が多いと苦しいんですよね。
では、続きもお楽しみ下さい。失礼いたしました。
| 波多利郎 | 2007/06/17 2:54 PM |

もう読み終わったんですか。早いんでビックリしました。私は昔7巻あたりがいつまでたっても出てくれなくて、挫折してしまった人間でした。
いい加減頭にきて文庫からハードカバーに買い替えたんですが、結局積みっぱなし。いい加減頑張らなくては。
| たまねぎ | 2007/06/28 12:06 AM |

波多利郎さん
はじめまして。応援ありがとうございました。おかげで読み終わりましたー。
確かに孔子は萌えポイントなしですね・・・(笑)孔子編は歴史小説として読み応えありました。

たまねぎさん
3週間で読破しました。他に浮気もしなかったし一気にいけましたよ。後半も面白いですよ。是非頑張ってみて下さい。
| ざれこ | 2007/07/02 4:11 PM |

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