本を読む女。改訂版

関西弁でだらだらと本の感想書いてます。
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# 「薬指の標本」小川洋子
薬指の標本
薬指の標本
  • 発売元: 新潮社
  • 価格: ¥ 380
  • 発売日: 1997/12
  • 売上ランキング: 3070
  • おすすめ度 4.5


フランスで映画化されて、東京ではもう公開されています。
大阪にもそろそろくるのかな。時間があったら行ってみようかなと思います。

小川洋子作品の舞台って、日本って感じがしないものが多い気がします。
「博士・・」は別だけれど、「密やかな結晶」も、この作品も(特に表題作)。
でも絶対にアメリカではないし、ヨーロッパっぽいんだけど、陽気なイタリアでもないし。
フランスと言われたら近いような気もします。パリとかそういう場所ではなくて、
南フランスとかそこらへん。でも、日射しがきつい感じじゃないから、うーん、イギリス?
違うなー。北欧かなあ。白夜とかがありそうな。
と、ほとんど行ったこともないくせにいろいろ言ってるけど、なんか、ずっと曇ってて、
でも、きーんと澄んだ空気で、って、そんなイメージ。
そういう、国籍不明な雰囲気もとても魅力的です。
サイダーの工場で薬指の先端を切ってしまった私、工場を辞めて、標本室で働き始めます。
そこは、人生で封じ込めたいものを標本にするところ。標本を作製する弟子丸さんに、
ある日私は靴をもらいます。その靴は私の足にあまりにもぴったりで・・・

弟子丸さんとふたりだけの密やかな日々。失った薬指の先、そして身体の一部となった靴。
使われていない浴室で私の服を脱がせながら、靴だけは絶対に脱がせない弟子丸さん。
頬のやけどを標本にしたいと現れた少女。
・ ・・生々しい官能が静謐な空気を持つ箱の中に閉じこめられている、そんな作品世界を
どう表現してどう褒めたらいいのか。濃厚なのにすごく澄んでるんですよね。
ものすごく淫靡なのに美しいのです。

やっぱり小説って、当たり前やけど芸術なんだなあ、と小川作品を読んでいると
改めて気づかされます。文章がとても美しくて、読んでるだけでうっとりしてしまう。

表題作他に1編収められてますが、こちらはわりと日本っぽいというか世俗的というか、
だってスポーツジムで出会う主婦の帽子についているボンボンって・・・。とか
思いながら読んでるんだけど、だんだんとまた、いつもの小川世界にはまりこんでいきます。
六角形の小さな部屋、一人で心のうちを語れる部屋にたどりついた主人公は、
そこで自らの過去を語る。うらぶれた団地の一部屋に現れる異世界。

私、家でけっこう独り言を言ってる時がある。「どっこいしょ」とかそういうんじゃなくて、
いもしない誰かに喋っているような感じで、ぶつぶつ言ってる時がある。
過去自分がやらかしたことについて誰かにぶつぶつ言い訳してたり、
布団に入って、その日誰かに腹が立っても言えなかったことを思い出して更に腹が立ち、
その場に戻った気になってぶつぶつ怒ってみたり。そんなことしてるの私だけだろうか。暗い?
そんなことを、小部屋でやるのかな、って、私にとってはそういう印象。
で、過去の自分の後悔や思い出が、その小部屋に閉じこめられて、その過去を封印した
軽くなった自分だけが出てくるのかなあ。私は自分の部屋でぶつぶつ言っても、
それはどこにもいかないし、結局また自分で自分に腹が立つだけで、
それに「何ぶつぶつ言うてんねん自分、気持ち悪」という新たな反省が加わったりして、
あまりいいことではないが・・・。

ま、話がそれたが、
時間は過ぎていくけど、過去の時間は永遠に残すことができる、といった、
小川作品で伝えたい(であろう)ことがうまく象徴された二短編だなと私は思った。
一番小川さんらしい作品集じゃないかな、と、4作品しか読んでいないのに思った。

私の家の近所にもし標本室があって、いつでも標本が作れるとしたら、
私は何を、標本にするだろう。ふと考えてみた。
楽器だな。10年間吹いてきて輝きを失い、スライドももう動きが鈍い、あのトロンボーン。
でも私の吹き癖を全部吸い込んで、私だけの音を鳴らすようになっている。
特に管楽器はそうだと思うが、その人の音の出し方の癖とかが、楽器にしみこんでしまう。
だから私の楽器は、他の人がずっと吹いてたらもっと澄んだ音色が出てるんだろうに、
かわいそうに、なんだか濁ったような鋭いような音が鳴る。
ホーンセクションで使えばキレがいいが、クラシックでは全く通用しないような音だ。
そんな楽器を、私は標本にするだろう。

大学からはじめたその楽器は、大学生活4年間でピークを迎えた。
あのときは当然のように毎日練習をしていて、自分の限界まで吹けていて、
それなりにプライドもあったし、吹けないときは泣くほど悩んだし、吹けた時は
とても充実していた。毎日一喜一憂でつらいこともあったけど、それはいくら壁があっても
打ち込める何かがある、という意味では素晴らしい日々だった。

もう今は吹けない。まだ続けてはいるけれど、もうあのときの技術はないし、
何より気力がない。吹けない自分をあっさり許せるようになってしまった。
そうやってただ続けているだけの自分が、過去の自分を汚しているようなそんな気さえする。

いつか、楽器をきっぱり辞めることになるだろう。その時は、自分の中で標本にして、
その当時の充実した自分と一緒に、どこかに閉じこめてしまいたい、そう思う。
そんな自分と離れるのはつらいかもしれないけど、昔の私は永遠にそこにあるのだから、
それでいいんじゃないかな。そう思ったりもするのだ。

と、こういうことをきっと、六角形の部屋ではき出せば、更にいいのだろうな。
封印力が高そうだ。

そんなことを考えてしまったり、自分の今までをつい見つめ直したりしてしまう、
そんな短編集でもあった。私が過ごした時間も、永遠になくならないのだな。
嫌なこと、自己嫌悪含め。それが人生だ。
| comments(3) | trackbacks(10) | 14:50 | category: 作家別・あ行(小川洋子) |
コメント
永遠に晴れない低い曇り空で、空気はピンと張り詰めていて。
小川作品はそんな中に置くととても似合いそうですね。

小説は芸術だけれど
ざれこさんのレヴューも絶妙です。
| ふらっと | 2006/10/20 7:08 AM |

>私が過ごした時間も、永遠になくならないのだな。嫌なこと、自己嫌悪含め。それが人生だ。
胸がきゅんとしました。
小川洋子の作品とざれこさんの言葉がリンクして素敵です。
>愛用のトロンボーンを標本に。
濁ったような鋭いような音まで閉じ込められるのですね。
| ワルツ | 2006/10/20 11:15 AM |

ざれこさん、こんばんは。
「薬指の標本」は得に日本を感じさせないと思いました。
弱い日差しの澄んだ青空の似合うフランスのどこか。ってのが私のイメージ。
「語り小部屋」があったら会社の帰りに通ってしまいそうです。
| きつね | 2006/10/24 9:04 PM |

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