本を読む女。改訂版

関西弁でだらだらと本の感想書いてます。
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# 「バルタザールの遍歴」佐藤亜紀
バルタザールの遍歴
バルタザールの遍歴
  • 発売元: 文藝春秋
  • 価格: ¥ 630
  • 発売日: 2001/06
  • 売上ランキング: 32897
  • おすすめ度 4.5


第3回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
私がこの本を知ったのは確か「文学賞メッタ斬り!」だったと思うが、
この作品と「後宮小説」(酒見賢一)が受賞したことで、この賞自体のレベルが
底上げされた、みたいな内容の記事があったような気がするけど、まさにそうね。
こんなんに3回目でやっちゃったら、その後はプレッシャーだよねえ。
で、その後日本ファンタジーノベル大賞は、良質な作品を提供してくれる
信頼できる賞の一つになってくれたわけで、ありがたいことです。

デビュー作とは到底思えない完成度の高さ、エンタメ性、文章の硬質さ美しさ、
それに何より、面白かった。とても楽しい読書でした。

双子だが、一つの身体に入っているバルタザールとメルヒオール。
ヒトラー台頭直前、ハプスブルグ家が崩壊する頃。侯爵であった彼らもその渦に巻き込まれ、
家は没落、彼らは酒をがぶがぶ飲みながら、ヨーロッパをさまよい歩く。
次々と舞い込むトラブル、自業自得なものから巻き込まれたものまで、に翻弄され、
彼らは居場所を探してさすらい続ける。身体は一人だけど、二人で。
従姉妹との淡い恋、父親の後妻との激しい恋。旅先で出会ったバーの女性との
安らげる日々。数々の遍歴を重ねながら、バルタザールは父の後妻を忘れられないでいる。
そんな二人の旅をメルヒオールの手記という形で描く。

彼らは二重人格ではなく、二人の人格がひとつの身体に宿っているだけだから、
常に二人で思考している。堂々と「私たち」と言って語る彼らを、
皆は変人を見る目で見ていたが、ある日双頭の鷲の絵が描かれた紙が
二人の元に届けられる。誰かが彼らの正体を見抜いている、らしい。
酒を飲んで放蕩の限りを尽くす彼らの思考からは、いつしかその絵は忘れられていたが・・?

ナチスドイツが台頭してくる激動期にあたり、ウイーンやパリも当然その流れに
巻き込まれるが、歴史的な説明は一切ない。
でもまるで当時の人が実際書いたかのような臨場感に、そこにいるような気になる。
本当に日本人作家が書いた本か?と何度か思った。
歴史の当事者の手記で、歴史の教科書に載ってるような事件が事細かに書かれていても
おかしいよね、そういえば。それだけで急に外から眺めてるみたいな不自然さが漂う。
そういうのが一切ないのに、いや、ないからこそ、時代の空気をすごく感じる。
ものすごく下調べをしていると思うけど、それを全部自分のものにして、
その時代の空気感までもを体得している、そんな感じ。すごいことだと思う。

文章の雰囲気も向こうっぽいの。退廃的な投げやりな感じ、(良い意味で)翻訳っぽい文体で、
雰囲気が出ている。退廃と言うより怠惰なだけの生活を送っているばりばり日本人の私だけど、
ヨーロッパ的、高貴な退廃を追体験できた気になった。

メルヒオールの手記で描かれるこの物語、でもたまにバルタザールが反論を書き込んだり、
まるまる数頁を書いたりする。そこではメルヒオールが知らないことが書かれていたりとかして、
そういう文章が独特で面白く読んだ。メルヒオールが眠ってる時でも、バルタザールは
普通に起きていたりとか、その逆とかが普通に起こりうる二人なのだ。

メルヒオールとバルタザールは堕落していって、遙か彼方まで旅に出て、
砂漠でひとりぼっちにされたり、いろいろ酷い目にあうんだけど、彼らはそれでもいつも二人。
ずーっと誰かと一緒にいる彼らはどんな感じなんだろう。頭の中にもう一人の人。
彼らはでも、一瞬憎みあったりもするけど、結局別人格でも一心同体なのだ。
一緒にいないといけない二人。・・・どうだろう、うっとうしいんだろうか。幸せだろうか。
たまに全くのひとりぼっちになる時があって、その時のメルヒオールは
本当に孤独で寂しそうだったな。

でもね、二人が一つの身体にいる必然性があまり感じられなかったんだよね、最初は。
その設定自体はとても斬新だし面白いけど、話自体は別に一人でもいいよね、とか、
いらぬことを思っていたんだけど、この「一つの身体で二人」な設定が、後半見事に
生きてくるんだよねえ。そしていろんな設定が伏線としてクローズアップされてくるのだ。
退廃の逃避行を延々と描いた文学的な話かと思いきや、後半のスリリングな展開、
そして明かされる真相。紛れもなくエンターテインメントだった。いやー、面白い。
評判通りの読み応えでした。

賞への応募作で枚数制限があるでしょうからコンパクトに収まってますが、
もっと長く書こうと思えば更に退廃でどろどろな感じで書き連ねていけたろうと思います。
この話はこれでちょうど良かったけど、もっと長編も読んでみたいなあ。
こういう作家さんはなかなかおられない、強烈な個性を持っているので、
他の作品も読んでみたいと思います。どなたか、お薦め教えて下さい。
| comments(8) | trackbacks(5) | 17:01 | category: 作家別・さ行(佐藤亜紀) |
コメント
こんにちは♪
わたしは『バルタザール』と『1809』のみ既読なんですが(ヘタレ…)、1809もものすっごく面白かったですよ〜。雰囲気はバルタザールっぽいと思います。ナポレオン暗殺計画の話。

あと、わたしはまだ読んでないのですが『戦争の法』もすばらしいとの噂。
わたしも近いうちに読む予定です〜♪

ホントにファンタジーノベル大賞はレベルが高いですよね。最近は小粒になってきた感がなきにしもあらずですが…(汗)。
ちなみに佐藤亜紀のご主人、第5回日本ファンタジーノベル大賞受賞の佐藤哲也もわたしは強力にプッシュです!
おそるべし佐藤夫妻。

| ちょろいも | 2006/10/18 6:23 PM |

こんばんは。
私は「1809」は未読なのですが、お薦めは「鏡の影」です。
例の盗作問題で新潮社のものは絶版になっているので、
ブッキングで再販されたものを探さなければならないです。
たぶん図書館から借りるのが一番楽でしょうね。「戦争の法」も同様です。
「モンティニーの狼男爵」も良いですよ。
| メグミ | 2006/10/18 8:29 PM |

私も「…メッタ斬り!」の影響でこの作品と「後宮小説」を読みました。

佐藤亜紀さんは新潮社とモメて、干された過去があるみたいですね…。
| bibliophage | 2006/10/18 9:04 PM |

こんにちは!
これってオカルトっぽいテイストもありましたよね。
幽霊に××されて子ができた、なんていうよくあるオカルト話も思い出したりして…。
私もとても楽しく読めたので、更に読み進めたいと思っているのですが、絶版が多いのは残念ですよねー。
| TRK | 2006/10/19 9:16 AM |

『バルタザール〜』いいですね〜。
佐藤亜紀は、作品以外でも毒舌書評が好きです。
でも、彼女が絶賛する小説は、文学的教養が無いと
とても読めなさそうです…とほほ。
| ふゆき | 2006/10/20 1:36 AM |

退廃的な雰囲気が好きでした。
従姉妹や父親の後妻など、脇の登場人物も魅力的でした。
マレーネ・デートリッヒとかのイメージを描いて読んでましたわん。
| ワルツ | 2006/10/20 11:25 AM |

されこさん、コンニチハ、
私、日本ファンタジーノベル大賞の作品は、
大好きなのですが、
とりわけ、この「バルタザールの、、」あたりから、なんて凄い作品を生み出した賞なんだ!、と、注目するようになりました。
 この作品は、ほんとうに凄いです。
今、佐藤亜紀さんは、毒舌エッセイの
最強のエッセイストとしても、知られています。 
| indi-book | 2006/10/24 7:58 PM |

皆さんたくさんコメントありがとうございます。おそくなってすいません。

ちょろいもさん
「1809」気になってたんですよー。文庫なってましたっけ?図書館で借りるか(おい)
佐藤哲也氏もどこかで伊坂さんが薦めてて気になってました。旦那さんでしたか。これは読まねばです。早速買おうっと。ありがとうございます。

メグミさん
もうそれは既刊がほぼすべて良いということでは・・・?恐るべし佐藤亜紀。はい、図書館で借ります。

bibliophageさん
らしいですね、どこかで読んだ記憶があります。これもメッタ斬りだったかな・・。もったいないです、干すなんて!

TRKさん
そうそう、ファンタジーというかオカルトというか、分類不能な魅力がありましたね。
絶版にめげず、図書館で借りて頑張って読みたいです。

ふゆきさん
そうですね、海外小説を相当読み込まれているイメージですね。そういや解説にもそういったことが書かれていたような。私なんぞ足元にも及びません・・。

ワルツさん
退廃的でしたね。デカダンスな感じ(←適当に言ってる感がありあり漂ってますが。)
女性もとても魅力的でした。なんか醒めてて、ふしだらで。

indi-bookさん
ファンタジーノベル大賞のレベルの高さをまざまざと見せ付ける本でしたね。
エッセイは主にネットで読めるんでしょうか。怖いながらも読んでみたいです。はい。
| ざれこ | 2006/10/27 1:39 AM |

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