本を読む女。改訂版

関西弁でだらだらと本の感想書いてます。
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# 「密やかな結晶」小川洋子
密やかな結晶
密やかな結晶
  • 発売元: 講談社
  • 価格: ¥ 720
  • 発売日: 1999/08
  • 売上ランキング: 29,959
  • おすすめ度 4.13


すごい世界でした。静かで美しくて。その美しさに圧倒。
なんか、まじめに感想を書こうと思うと言葉が出ないので、
とりあえず余談から入ろうと思う。

先日のこと。うちの上司が、同じ日に予定が2つ重なってしまい困っていたので、
雑魚でもできる予定の方を私が引き受ける、という話をして、その日は終わった。
そして翌日。上司がやってきて「僕さあ、○日に予定が2つかぶっちゃったんだ。誰か
替わりに行ってくれないかなあ」と言ってくる。たった1日というのに、
奴は、自分が前日にそれを提案して決めたという事実が全く抜けきってしまっているような
無垢な目をしていた。ま、こんなことはしょっちゅうで、他の人は「先日も言いましたけど」とか
イヤミを言いつつ応対しているが、イヤミが全く通じない奴にイヤミを言っても
こっちにストレスとして跳ね返ってくるとわかっている私は、まるで家政婦が博士に
「私には息子がいます。10歳です。頭が平らなので、ルートと呼ばれています」と
毎日説明するかのように、初めて聞いたような顔をして対応している。

「奴の記憶は80分しかもたない」ってのが最近の職場での通説で、
「つうか80分ももってるか?」とか「せめてスーツにメモでも貼ってくれればねえ」とか
いろいろ陰口をたたいているんだけど。
この本を読んで今日から新しく思い直すことにした。
奴の中では、今日伝えたパソコンの知識も、明日になれば「消滅」しているに違いない。

上司を見てて、自分の失敗や、自分が「忘れたこと」さえ全て忘れてしまってリセットできると、
すんごい人生楽でいいんだろうなあ、とうらやましく見る時もあるんだが、
(でもああいう人には絶対になりたくないなあ)
この本を読むと、そういうことでもないのかな、なんて。
・・・つうか無理矢理本につなげようとしてるけど、全く関係ない余談ですね。
失礼しました。この崇高な本にこんな世俗的話題・・

その島では、朝になったら何かが消滅する。例えばバラ。バラが消滅すると、
人々はバラの花を摘んで川に流し、海に流し、枝を燃やし、そして、人々はバラのことを
徐々に忘れる。バラを見ても何も感じなくなり、今までバラに対して持っていたイメージ、
思い出、そんなものを全て忘れてしまう。
フェリーも「消滅」し隔離されたその島で、小説家の「わたし」は元フェリー乗りの
「おじいさん」と交流しながら静かに暮らしている。
母は消滅した物の記憶を失っていなかったため、記憶狩りに連行されて、今はいない。
母が隠し持っていた、消滅した品々を、子どもの頃から「わたし」は見せられていたけど、
そこにはなんの感慨もなかった。
そしてだんだん、記憶狩りが激しくなっていく中、担当編集者のR氏の記憶が消えていないことを
知った「わたし」は、おじいさんと協力して、彼をかくまうことを決意する・・

「わたし」の書く小説が時折出てくる。声を失ったタイピストが、
タイプライターで彼と会話しているが、ある時タイプライターが壊れ、
彼とのコミュニケーション手段が断たれ、そして・・。
その小説もすごく印象的だったが、この小説世界と「わたし」のいる
現実世界がどんどんつながっていくように感じたのが、また印象的だった。

小さな隠れ家で過ごすうち、R氏はなんとなく小さくなっていくようで、その部屋に
みあった人間になっていくようである。「わたし」の小説に出てくる主人公のように。
そうやって、「わたし」とR氏のいびつな関係、狭い部屋で面倒をみて、
なんとなく「わたし」にR氏が支配されていくような、微妙な関係が生まれていく。
それがものすごく淫靡に思えた。
歪んでるんだけど、とても歪んでるんだけど、なんだか美しいのだ。
ラストはそして、その支配関係が逆転する。凄まじい形で。
でもそれでもいいような。やはり、なんだか美しいのだ。

R氏の記憶は消えない。消えないR氏からみたら、記憶が消えていく「わたし」の
心の空洞をなんとかしたいと思う、それが普通。なんだけど、
「わたし」視点で書かれるこの物語を読んでいると、R氏がいらぬおせっかいを
しているような、変な気分になってくる。
「わたし」達住人は、なくしてしまったもの、忘れてしまったそのモノへの思い出、
なくした記憶、その空洞をしっかりのみこんで、ちゃんと生きていってるからだ。
まるでR氏が卑しい人間に思えるほどその姿はなんだか美しいのだけど、
なんだかとても哀しかった。やっぱり、忘れてしまうと、哀しい。
たかがモノ一つ、でもそのモノに関わる思い出を何から何まで忘れてしまう、なんて。
忘れてしまったことまで忘れている彼女達は美しいし幸せだけど、
嫌な記憶でもがんがん覚えていて顔が歪んで醜くなっても、覚えていられるほうが幸せだ。
そんな風に思った。

なんで忘れるのか、なんで記憶は狩られないといけないのか、そんな理不尽な
設定に対する説明なんて一切ない。実は魔王が世界を牛耳っていて、
魔王を倒したら人々に記憶が戻りました、めでたしめでたし、
(最近ドラクエ(しかも察砲笋辰討董⊆採蕁砲覆鵑届辰任眩漢魁△覆ぁ
ただ、ひたすらに記憶が消えていく。そんな物語。何の救いもない。

なのでなんで、記憶が消えていくのか、について考える、というより、
「なんで小川洋子はこんな設定に?」とか、「なんで小川洋子は記憶にこだわる?」とか、
そんなことをあとで考えることになったんだけど、
「博士の愛した数式」で感じたように、記憶がなくなっても、過去に私達が
思ったり感じたりしたことは永遠に消えない、そんなようなことかな、と
思ったりもしたんだけど、今回の本からはそういう感動は感じなかったし、
ただただ哀しいだけだったり、ただただ淫靡なだけだったりした。

文章がむちゃくちゃ美しい。ああ小説って文学であり芸術なんだ、
なんて当たり前のことに気付く本。さらさらと流れる、なんの変哲もない
文章なんだけど、声に出して読みたいくらい美しくて、臭みが一切ないというか、透明というか。
文章の力なのか、小川洋子が持つ世界観の力なのか、わからないんだけど。
でもそこで描かれる世界は美しい狂気、というべき世界。
淫靡だし、どろどろしてるし、目を背けたくなる、でもとにかく美しい。
その美しさは私を何故かひきつけてしまうのだ。
この本も手元に置いておこうと思う。

あーろくな感想書けなかった。やっぱり私の書く文章は、
知性の低さは自覚してたけど、なんだか恐ろしく下品だぞ。あーあ。
| comments(5) | trackbacks(5) | 16:43 | category: 作家別・あ行(小川洋子) |
コメント
本当にすごい世界観ですよね。
小川洋子恐るべしです。

じわりじわりと時計台やフェリーや地下室に引き込まれていくような・・・ひんやりな空気感。

小説の中の時計台から見る地上の景色とか、大きな時計の機械部分だとか、そこにいたかのようにまだ記憶に残っています。
| momo | 2006/03/04 11:06 PM |

momoさん
そうですね、なんだかひんやりしていましたね。印象的なシーンがたくさんありましたし。私は図書館が燃えるシーンが映像としてすっとうかんで、しばらく消えないままでした。
それにしてもどこの国?って感じで。日本人の名前も出てきてましたけど、ヨーロッパの小さな島、ってイメージです。不思議な世界でしたね。
| ざれこ | 2006/03/05 12:31 AM |

自分の感想を読むとなんだか全然誉めてませんが、実は好きな本です(笑)。この作中にでてくる「クチのきけないタイピスト」の話がなんだかふっと頭に浮かぶことがあります。なんででしょうね〜。この世界に侵食されているということでしょうか…。
| chiekoa | 2006/03/06 11:21 AM |

chiekoaさん
あれ、ちえこあさんはこの本ダメだったんだ、と素で思っていましたよ(笑)
タイピストの話、印象的でしたね。あの話が終わらなかったらどうしよう、とちょっと危惧していたのです。まあ、終わったからといってすっきりするものでもなかったんですが。
この世界、確かに侵食されますよね・・私もどっぷりでした。
| ざれこ | 2006/03/07 1:25 AM |

何を恥ずかしがることがありましょう。私は小川フリークです。
まして、声に出して読みたいと言っていただけると、わがことのように嬉しいです。
お時間があれば、私の小川論(非常に偏りあり)もご一読ください。
| gaki16666 | 2006/10/11 11:28 AM |

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密やかな結晶
密やかな結晶小川 洋子〔著〕 『博士の愛した数式』を読んで以来、少しずつ小川洋子さんの本を読んでいる。今のところ一番読みやすかったのが『博士の愛した数式』で、他の作品は怖かったり、物足りなかったりするけど、全ての本に共通する空気感のようなもの、非現実
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  ▲ 『密やかな結晶』   ○ 『沈黙博物館』   ○ 『薬指の標本』 ◎◎ 『博士の愛した数式』   ▲ 『ブラフマンの埋葬』
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